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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)10090号 判決

原告

朴聖鉉

被告

西田健次郎

主文

一  被告は原告に対し一二〇万五一九七円およびこれに対する昭和四八年二月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し金一六九七万八六五七円および内金一四七六万四〇五〇円に対する昭和四八年二月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

原告は次の交通事故により受傷した。

(一)  日時 昭和四八年二月二日午後一時五五分

(二)  場所 東京都足立区千住桜木町二―八―七先路上

(三)  加害車 普通貨物自動車(足立四や二四四〇号)

右運転者 被告

(四)  態様 前記道路を韓国居留民団事務所前から道路反対方向に向つて横断中の原告に西新井方面から上野方面に向つて進行してきた加害車が衝突した。

二  責任原因

被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基き本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  原告は本件事故のため頭部、腰部、右下肢各打撲、腰椎横突起骨折の傷害を受け、事故当日から昭和四八年六月一七日まで一三六日間入院し、同月一八日から同年九月一三日までの間に六四日間通院して治療したが、自賠法施行令別表後遺障害等級表八級二号に該当する後遺障害を残して昭和四八年九月一三日症状が固定した。

(二)  右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。

1 治療費 八二万一八八〇円

2 入院雑費 四万〇八〇〇円

前記入院期間中一日当り三〇〇円、合計四万〇八〇〇円の雑費を要した。

3 休業損害 一六六万二五七二円

原告は、事故当時土木事業の桝工技術者として稼働し月平均二二万二六六六円の収入をあげていたが、前記受傷のため事故当日から昭和四八年九月一三日まで二二四日間休業し一六六万二五七二円の休業損害を蒙つた。

4 後遺障害による逸失利益 一〇六五万七〇七九円

原告の前記症状固定時の年齢は五一歳であるから、原告は本件事故にあわなければ六三歳までなお一二年間稼働し前記程度の収入をあげることができたはずであるところ、前記後遺障害のため労働能力の四五パーセントを喪失した。そこで、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の後遺障害による逸失利益の現価を計算すること一〇六五万七〇七九円となる。

5 慰藉料 二二三万九九九九円

6 弁護士費用 二二一万四六〇七円

四  損害の填補

原告は本件事故による損害の賠償として被告から六五万八二八〇円を受領した。

五  結論

よつて、原告は被告に対し一六九七万八六五七円および右金員の内弁護士費用を控除した残額一四七五万四〇五〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年二月三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  予備的主張

仮りに前記休業損害および後遺障害による逸失利益の主張額に理由がないとすれば、予備的に次の損害額を主張する。

1  休業損害

原告は前記受傷のため事故当日から後記後遺障害の症状固定日である昭和四九年一二月一六日まで六八三日間休業したので、その間の休業損害は日本の昭和四九年度賃金センサス全産業労働者平均給与月額一三万九四〇〇円、年間賞与五一万〇一〇〇円を基礎として右六八三日分を日割計算すると四一二万八一八九円となる。

2  後遺障害による逸失利益 八〇万六六六三円

原告は本件事故にあわなければ、原告が日本に滞在した最後の日である昭和五〇年九月一〇日までは前記賃金センサスによる収入額を月収に換算した一八万一九〇八円程度の月収を、韓国に出国した同年九月一一日から六七歳に達する昭和六四年三月二七日までは韓国の経済白書による一人当り平均月収二万〇八九六円(同白書によると昭和四八年度の韓国の全都市の一世帯当り平均月収は四万五八五〇ウオン、一世帯当りの平均有収入者数一・三六人を基礎に一ドル四八四ウオン、一ドル三〇〇円として換算した額)程度の収入をあげることができたはずであるところ、原告の後遺障害は自賠法施行令別表第一一級に該当し、右後遺障害のため労働能力の二〇パーセントを喪失したから、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除(昭和四九年一二月一七日から同五〇年九月一〇日までの八ケ月二五日については便宜一年分の中間利息を控除した。)して後遺障害による逸失利益の現価を計算すると八〇万六六六三円となる。

第三請求原因に対する被告の認否および抗弁

一  認否

(一)  請求原因一のうち、加害車が原告に衝突したとの点は否認するが、その余の事実は認める。

加害車は原告に接触したにすぎないものである。

(二)  請求原因二は認める。

(三)  請求原因三の(一)のうち、原告が本件事故のため腰椎横突起骨折の傷害を受けたこと、および原告の後遺障害が自賠法施行令別表後遺障害等級表八級二号に該当することは否認し、その余の事実は不知・同(二)のうち、原告が月平均二二万二六六六円の収入をあげていたことは否認し、後遺障害による労働能力喪失割合および就労可能年数についての主張は争い、その余の事実は不知。

なお、原告には頸椎および腰椎のいずれにも変形性脊椎症があり、これは加齢等による骨の変化であつて外傷によるものではないから、原告の主張する症状と本件事故との間に因果関係はない。

(四)  請求原因六のうち、原告の後遺障害の症状固定日が昭和四九年一二月一六日であり、労働能力喪失期間の終期が六七歳であること、および原告が日本から出国した昭和五〇年九月一〇日までの休業損害の発生は否認し、その余の事実は不知。

なお、原告は韓国からの密入国者で、そのために韓国に強制送還されたものであり、強制送還されるまでは収容所に強制収容されていたものであるから、右収容期間中は職業に従事して収入を得ることはあり得ず、休業損害の発生もあり得ないものである。

二  抗弁

(一)  本件事故発生については、原告にも、当時、事故現場道路の上野方面から西新井方面に向う車線は車両が渋滞し、かつ、西新井方面から上野方面に向う車線のセンターライン寄りには右折のため二トン積トラツクが一時停止しており、西新井方面から上野方面に向う車線の見とおしは困難であつたのに、道路横断のため右トラツクのかげから安全を確認することなく加害車の走行車線に出てきた過失がある。

(二)  原告は自賠責保険から後遺症補償として一三一万円、被告からの弁済として九〇万八八八〇円、合計二二一万八八八〇円を受領している。

第四被告の抗弁に対する原告の認否

一  抗弁(一)は否認する。

二  抗弁(二)は認める。

第五証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一の事実は原告と加害車がいわゆる衝突をしたのか、単に接触したにすぎないかの点を除いて当時者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証および原、被告各本人尋問の結果に後記認定の原告の受傷内容を併せ考えると、被告が加害車を運転して時速三〇ないし三五キロメートル位の速度で事故現場道路を西進中、進路前方一三メートル位のところを右から左へ横断しようとしている原告を発見して危険を感じ急ブレーキをかけながらハンドルを左に切つたが間に合わず、加害車に気がついて驚いて身体を半回転し右手を加害車の方へ突き出すようにした原告と加害車右側前部附近が衝突し、加害車は右六・八メートル、左七・四メートルのスリツプ痕を残し衝突後一・九メートル程進行して停止し、被害者は衝突地点の西方約三メートルの地点に転倒していたことが認められ、原、被告各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲他の証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆するにたる証拠はない。

二  責任原因

請求原因二の事実は当時者間に争いがない。

三  損害

(一)  成立に争いのない甲第二ないし四号証、乙第三号証の一、二、昭和四九年三月二八日に原告を撮影した写真であることに争いのない甲第五号証の一ないし八、東京労災病院に対する鑑定嘱託の結果、ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は本件事故により頭部、腰部、右下肢各打撲の傷害を受けて直ちに事故現場近くの尾竹橋病院に入院し、昭和四八年六月一七日まで一三六日間同病院に入院し、その後同月一七日から同年九月一三日までの間に六四日間同病院に通院して治療を受けたが、右最終診療時においてもなお右下肢・腰部痛、歩行障害(杖をつかないと歩行がよくできない。)、腰部運動障害、右下肢のしびれ、項部痛、頭痛、耳鳴り等を訴え、昭和四九年七月から同年一二月一六日までの間における東京労災病院の診察時には右耳鳴り、めまい、嘔気、右下肢・腰の痛み(殊に歩行時)、いらいらする等の自覚症状、昭和五〇年九月四日現在においても、右腰部痛・しびれ、歩行障害、頭痛、耳鳴り、めまい等の自覚症状を訴えていること、しかし、諸検査の結果によると、原告には脳・脊髄末梢神経障害を思わせる運動障害および知覚異常、頸部・腰部の変形性脊椎症(ただし、可動域は正常範囲である。)、腰椎四―五の左横突起部に骨折痕が認められるが、右頸部・腰部の変形性脊椎症は加齢的原因によるものであると認められるので本件事故と因果関係があるとは考えられず、また、腰椎の横突起骨折と本件事故との因果関係についてはこれを否定することはできないけれども、原告の訴えは反対側の右腰部・下肢痛であるから原告の主訴の直接の原因にはなつていないと考えられ、結局、原告の前記主訴は脳・脊髄末梢神経の障害によるものであり、昭和四八年九月一三日にはほぼ症状は固定していたものと認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲他の証拠に照らして措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

なお、原告は自賠法施行令別表後遺障害等級表八級二号に該当する後遺障害がある旨主張するが、前認定のとおり原告の頸椎および腰椎の可動域は正常範囲内にあるので、同表八級二号に該当する脊椎の運動障害があるとは認め得ない。

(二)  そこで、以上の事実を前提に以下損害の数額について判断する。

1  治療費 八二万一八八〇円

前掲甲第三号証によると、原告の前示治療のために八二万一八八〇円の治療費を要したものと認められる。

2  入院雑費 四万〇八〇〇円

前認定の原告の傷害の部位、程度、入院期間からすると、入院期間合計一三六日につき一日当り三〇〇円を下らない雑費を要したものと認められる。

3  休業損害 一四二万五七三三円

弁論の全趣旨によつて成立を認め得る甲第七号証の三および原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告は大正一一年三月二七日生れの韓国人男子であるが、韓国での生活が苦しかつたため昭和四四年二月頃妻子を韓国に残して単身日本に密入国し、じ来東京都内やその周辺の土木工事現場等で稼働し、その間に土木工事用桝の製作技術を覚え、本件事故当時は事故現場近くの韓僑会館内に居住して土木工事の桝工技術者として稼働していたこと、および、原告は本件事故後密入国が発覚し韓国に強制送還されることになつたが、本件事故による傷害の治療等のため強制送還を猶予され、前記尾竹橋病院退院後は仮放免されて右韓僑会館に居住し一時軽作業に従事したこともあつたけれども、昭和五〇年五月二〇日頃入国管理事務所に強制収容され、以後、品川、横浜、大村の各収容所で抑留された後、昭和五〇年九月一〇日韓国に強制送還されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実に前認定の原告の傷害の部位程度、治療経過、後遺障害の内容を併せ考えると、原告は本件事故による受傷のため八ケ月間の休業を余儀なくされ、その間同年齢の男子労働者の平均収入程度の休業損害を蒙つたものと認めるのが相当であるところ、労働省発表の昭和四八年度賃金センサス第一巻第一表によると全産業、企業規模計の五〇歳から五四歳までの男子労働者の平均給与月額は一三万六九〇〇円、年間の賞与その他の特別給与は四九万五八〇〇円で年間の平均収入は二一三万八六〇〇円であるから、原告はその一二分の八に相当する一四二万五七三三円の休業損害を蒙つたものと認められる。

なお、原告は本件事故当時一ケ月平均二二万二六六六円の収入を得ていた旨主張するが、甲第五号証および原告本人尋問の結果中の右主張にそう部分はにわかに措信することができず、他にこれを認めるにたる証拠はない。また、被告は、原告は密入国者であり、強制送還されるまで強制収容されていたのであるから、原告の日本在留中の休業損害の発生はあり得ない旨主張するが、本件事故がなくても前示期間内に密入国が発覚して原告が強制収容されたのであろうことを窺わせるような証拠は存しないし、また、原告の日本在留が出入国管理令に違反していたとしても、原告の稼働内容そのものは公序良俗に反するようなものではないから、休業損害の賠償請求権まで否定すべきではなく、被告の右主張は理由がない。

4  後遺障害による逸失利益 二一万〇一六七円

前認定の原告の後遺障害の内容およびその症状経過に自賠法施行令別表後遺障害等級表および労働省労働基準局長通達による労働能力喪失割合表の内容を併せ考えると、原告は右後遺障害のため症状固定後五年間にわたつて労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認められる。ところで、原告は前認定のとおり日本に密入国して稼働していたが、本件事故後密入国が発覚し、本件事故による傷害の治療等のため強制送還を猶予されていたものの、結局韓国に強制送還されてしまつたものであることからすると、原告が日本で稼働することを前提として後遺障害による逸失利益を算定するのは相当ではないから、韓国での稼働を前提として逸失利益を算定すべきである。そして、成立に争いのない甲第八号証の一、二(一九七四年版韓国経済白書)によると、昭和四八年(一九七三年)度における韓国全都市の一世帯当りの平均月収は四万五八五〇ウオンであり、一世帯当りの平均有収入者数は一・三六人であることが認められ、他方、弁論の全趣旨によればドルとウオンの交換比率は一ドルにつきおよそ四八四ウオンであることが認められ、また、ドルと円の交換比率の相場は一ドルにつき三〇五円位から二九二円位の間を上下していることは公知の事実であるから、一ウオンは約〇・六円に相当し、昭和四八年度における韓国の都市居住の有収入者の平均月収は二万〇二二七円となるから、原告は本件事故にあわなければ韓国において右程度の収入をあげることができたはずであると推認される。

そこで、以上の数値を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の後遺障害による逸失利益の現価を計算すると二一万〇一六九円(円未満切捨)となる。

(算式二〇、二二七円×一二×〇・二×四・三二九四=二一〇、一六九円)

5  慰藉料 二六〇万円

原告の前認定の受傷内容、治療経過、後遺障害の内容、その他本件に顕れた諸般の事情(原告の過失を除く。)を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛は二六〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

四  過失相殺

前掲乙第二号証および原、被告各本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は上野方面から西新井方面に東西に通ずる車道幅員九メートル、その西側に約三メートルの歩道のある通称尾竹橋通りと呼ばれている交通ひんぱんな道路上で、車両の最高速度は四〇キロメートルに規制されており、歩車道の境界にはところどころ切れ目があるがガードレールが設置されていたこと、事故当時、現場道路の東行車線は車両が渋滞しており、西行車線のセンターライン寄りには幌のかかつた小型トラツクが右折のため一時停止していたが、原告は右道路を北から南へ横断するため右渋滞車両の間を通り抜け、右折のため停止中の右トラツクの前方近くを通り過ぎた直後前記一において認定したとおり西進してきた加害車に衝突されたことが認められる。

右事実によると、本件事故発生については原告にも西進する車両からの見とおしが困難な一時停止中のトラツクの前方近くから横断しようとしたのに、西進する車両との安全を確認しなかつた過失があると認められるので、右原告の過失を斟酌すると前示原告の損害額から三割五分を減じた額をもつて賠償を求め得べき額とするのが相当である。

五  損害の填補

原告が自賠責保険から後遺障害に対する補償として一三一万円、被告からの弁済として九〇万八八八〇円、合計二二一万八八八〇円を受領していることは当事者間に争いがない。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一一万円と認めるのが相当である。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は被告に対し一二〇万五一九七円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年二月三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

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